「このシステム、もう20年以上使っているんです。でも、今更全面刷新なんて...」製造業を営むクライアントの情報システム部長の言葉には、多くの日本企業が抱える共通の悩みが凝縮されていました。レガシーシステムの呪縛から抜け出せない、しかし現状維持では競争力を失ってしまう。このジレンマを解決するため、私たちはNext.jsを活用した段階的移行戦略を提案しました。
まず着手したのは、現行システムの徹底的な分析でした。20年の歴史を持つシステムには、膨大な業務ロジックが蓄積されています。これらを一つ一つ解析し、本当に必要な機能と、時代遅れになった機能を仕分けることから始めました。驚くべきことに、実際に使用されている機能は全体の約40%に過ぎませんでした。
次に、移行の優先順位を決定しました。ユーザーインターフェースが古く、最も不満の声が多かった販売管理モジュールから着手することに。Next.jsのマイクロフロントエンド対応により、既存システムと新システムを共存させながら、段階的に機能を移行していく計画を立てました。
最初の壁は、データ連携でした。レガシーシステムのデータベースは独自仕様で、現代的なAPIでのアクセスが困難でした。そこで、Next.jsのAPIルートを活用してアダプター層を構築。レガシーデータベースとの通信を抽象化し、将来的なデータベース移行も視野に入れた設計としました。
実装段階では、React Server Componentsの威力を実感しました。サーバーサイドでの重い処理を効率的に行いながら、クライアントには最小限のJavaScriptのみを送信。結果として、古いPCを使用している現場でも、スムーズに新システムを利用できるようになりました。
ユーザー認証の統合も重要な課題でした。既存の認証システムを活かしながら、Next.jsの認証ミドルウェアと連携させる必要がありました。カスタムプロバイダーを開発し、シングルサインオンを実現。ユーザーは新旧システムを意識することなく、シームレスに業務を継続できるようになりました。
画面デザインの刷新も慎重に進めました。20年間使い慣れた画面を急激に変更すると、現場の混乱を招きます。そこで、基本的な操作性は維持しながら、段階的にモダンなUIへと進化させる戦略を採用。最初は色使いとフォントの改善から始め、徐々にレイアウトを最適化していきました。
パフォーマンスの改善は劇的でした。特に、検索機能の高速化は現場から大きな評価を得ました。Next.jsの増分静的再生成(ISR)を活用し、頻繁にアクセスされるマスターデータをキャッシュ。検索速度は従来の10分の1以下に短縮され、業務効率が大幅に向上しました。
モバイル対応も重要な要素でした。レガシーシステムはPC専用でしたが、Next.jsの導入により、タブレットやスマートフォンからもアクセス可能に。倉庫作業員がハンディターミナルの代わりにスマートフォンで在庫管理ができるようになり、設備投資の削減にもつながりました。
テスト戦略も入念に計画しました。既存の業務フローを完全に再現するE2Eテストを構築し、新旧システムの動作を常に比較検証。Playwrightを活用した自動テストにより、リグレッションを防ぎながら着実に移行を進めることができました。
移行期間中の並行運用も重要なポイントでした。新システムで問題が発生した場合、即座にレガシーシステムにフォールバックできる仕組みを構築。実際に、初期段階では何度かフォールバックを実行しましたが、ユーザーはほとんど影響を受けることなく業務を継続できました。
コスト面での効果も顕著でした。クラウドネイティブなNext.jsアプリケーションにより、オンプレミスサーバーの維持費用が不要に。また、自動スケーリングにより、繁忙期のサーバー増強も不要になりました。年間のIT運用コストは約50%削減され、その分を新機能開発に投資できるようになりました。
開発体制の変化も重要でした。レガシーシステムの保守には特殊なスキルが必要でしたが、Next.jsは現代的な技術スタック。若手エンジニアも積極的に開発に参加できるようになり、技術継承の問題も解決しました。
現在、移行開始から18ヶ月が経過し、全体の約70%の機能がNext.jsに移行完了しました。残りの30%も今年中には完了予定です。最も印象的だったのは、情報システム部長の言葉でした。「正直、こんなにスムーズに移行できるとは思っていませんでした。業務を止めることなく、むしろ改善しながら移行できるなんて」
このプロジェクトから学んだのは、レガシーシステムの刷新に「ビッグバン」は必要ないということです。Next.jsの柔軟性を活かし、段階的かつ着実に移行を進めることで、リスクを最小化しながら確実な成果を上げることができます。技術的な挑戦は確かにありましたが、それ以上に重要だったのは、現場の声に耳を傾け、一歩一歩着実に前進することでした。